
《アイエンガー》
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アイエンガー(B.K.S)
プーナに道場を持つハタ・ヨーガの指導者。
インドラ
もとは雷神。
アーリア人の理想とされ、
ヴェーダ時代は最も有力であった神の一つ。
仏教に取り入れられて帝釈天。
ヴァースデーヴァ
クリシュナの別名。「ヴァスデーヴァの子」の意味。
ヴァーチャスパティミシュラ (8〜9世紀頃)
『ヨーガ・スートラ』の複註書『ヨーガタットヴァ・ヴァイシャーラディー』を書いた。

《ヴィシュヌ》
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ヴァールミーキ
『ラーマーヤナ』を今日見られるような美しいサンスクリツト語の形に仕上げた人物といわれる。
ヴァシシュタ
『ヴァシシュタ・サンヒター』を書いた伝説上の聖仙の名前。
ヴァッラバ (1479〜1531)
バクティを説いた宗教家。
ヴァルナ
秩序・司法の神。水天。
ヴィシュヴァナート
シヴァ神の異名。
ヴィシュヌ
ヴィシュヌ神。ヒンドゥー教三大神の一神。
ヴィヤーサ
聖仙の名前。『マハーバーラタ』を著したといわれる伝説上の聖仙。

《ヴィヴェーカーナンダ》
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ヴィヴェーカーナンダ、スヴァーミー(1863〜1902)
ラーマクリシュナの弟子。
ベンガルの裕福なクシャトリヤ階級に生まれ、出家前はナレーンと呼ばれていた。大学時代にブラフマ・サマージに入るが、やがて、ラーマクリシュナと運命的な出会いを通して弟子になる。
1893年、アメリカのシカゴにおける世界宗教会議で一躍有名になり、その後アメリカやヨーロッパでインド哲学やヨーガを説く。
師の精神を継ぎ、ラーマクリシュナ・ミッションを設立。
ウッダーラカ・アールニ
ウパニシャッドの哲人。
ウッヅ (ジェイムス・ホウトン)
岸本英夫博士の師。『ヨーガ・スートラ』を岸本英夫に講義。後に天台の研究のために来日し、日本で死去。
エリアーデ
ミルチャ・エリアーデ。ルーマニア出身の作家・宗教学者。ヨーガの研究者。
岡倉天心 (1862〜1913)
東京美術学校校長。日本美術院設立。1901年、日本に招待するために僧・織田得能と共にヴィヴェーカーナンダに会いに行った。

《岡田虎二郎》
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岡田虎二郎 (1872〜1920)
「岡田式静坐法」の創始者。
もとは農業指導者。30歳のときに欧米を旅行し、
帰国後は静坐の指導をする。
日本中に静坐法を広めるが、本人が若くして亡
くなると静坐も下火になっていった。
しかし、岡田虎二郎の霊性や精神を見ていた人
たちには彼を師と仰ぐ者も多い。
佐保田鶴冶博士も影響を受けたという。
岸本英夫の父・能武太も岡田式静坐を学んでいる。

《沖正弘》
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沖正弘 (1921〜1985)
日本のヨーガの草分け的な指導者。
小さい頃は病気がちであったという。
諜報機関員として活動中にインドにおいてヨーガと出会う。
帰国後、昭和33年に「日本ヨガ協会」を創設し、
ヨーガを指導。42年には三島に道場を開く。
著書は多数あり。
《オーロビンド》
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オーロビンド・ゴーシュ
(1872〜1950 )
ベンガル州出身の哲学者・ヨーガ指導者。
はじめは政治運動に熱心であったが、後に南インドのポンディチェリーに住み、理想都市オーロヴィルを計画。
オルコット大佐 (1852〜1907)
ヘンリー・オルコット。ブラヴァツキー夫人らとともに神智協会を設立しその指導者となる。
か行

《カーマ・デーヴァ》
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カーマ・デーヴァ
愛の神。
サトウキビで作られた矢を持っていて、
これで射られると相手を好きになる。
シヴァ神に焼き殺されてしまう。
カーパーリ、チャンダ
ハタ・ヨーガの行者。
カーリー
カーリー女神。シヴァ神の妃。
ガウタマ(世紀50〜150頃)
ニヤーヤ学派の開祖といわれる。
カナーダ (紀元前150〜50頃)
ヴァイシェーシカ学派の開祖といわれる。
《マハーバーラタを筆記するガネーシャ》
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ガネーシャ
シヴァとパールヴァティーの息子。
富と反映と学問の神。
厄除けの神。
カピラ (紀元前350〜250頃)
サーンキャ学派の開祖といわれる。
カビール (1440〜1518)
ラーマーナンダの弟子。ヒンドゥー教とイスラーム教の欠点を指摘しながら、この二つの宗教の融合的な教えを説いた。
ガンガー (河)
ガンガー。ガンガー・マー。
吉祥天
ラクシュミー。 ヴィシュヌ神の妃。幸運の女神。
岸本英夫 (1903〜1964)
東大では、高楠順次郎よりサンスクリット語を学び、
木村泰賢の影響でヨーガに関心を持った。
また、一年先輩に増谷文雄がおり親友となる。
父と親交のあった姉崎正治の影響もありハーバード
大学に留学し、J.H.ウッズから『ヨーガ・スートラ』の
講義を受ける。宗教神秘主義という立場から見た
ヨーガの研究はたいへん面白い。 |

《岸本英夫》
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クヴァラヤーナンダ、スヴァーミー
(1883〜1966)
マダヴァダスにヨーガを学び、西インドのロナワラにヨーガ研究所「カイヴァリャ・ダーマ」を創設。
「カイヴァリャ・ダーマ」はマハーラーシュトラ州公認となっている。
クリシュナ
クリシュナ神。ヴィシュヌ神の八番目の化身。
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《クヴァラヤーナンダ》
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クリシュナムルティ (1895〜1987)
アニー・ベザント夫人らによって神智協会の精神的
指導者として英才教育を受ける。
しかし、1921年、大勢の信者を前に、
自由を求めて神智協会からの脱会を宣言。
ただ、ありのままに事実を見つめることによって
苦悩からから解放されることを説く。 |

《クリシュナムルティ》
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グル・ナーナク (1469〜1538)
シク教の開祖。シクとは「弟子」の意味。カビールに影響を受けたナーナクは30歳で出家し、ムスリムの吟遊詩人とヒンドゥーの農夫を連れると、北インドを旅行した。多くの聖者と会い霊的実践を積むと、神への讃歌を歌いながら、バクティを説いて歩いた。ナーナクやカビールの歌を集めたのが、アムリトサルに祀られているシク教の聖典『グラント・サーヒブ』である。
ケーシャブ・チャンドラ・セーン (1843〜1884)
ブラフマ・サマージの三代の指導者。ラーマクリシュナと親交を持つ。
ゲーランダ
『ゲーランダ・サンヒター』を著したハタ・ヨーガの行者。

《ゴータマ・ブッダ》
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ゴータマ・ブッダ
(紀元前463〜383頃、他説あり)
釈尊。仏教の開祖。
ゴーラクシャ・ナータ(13世紀頃)
事実上のハタ・ヨーガの開祖といわれるが、伝説と入り混じっている部分もある。『ハタ・ヨーガ』と『ゴーラクシャ・シャタカ』を著したが前者は残っていない。
さ行
サヴィトリ
太陽神。太陽が生物を鼓舞する性質を神格化したもの。このサヴィトリ神に捧げられたマントラが、ガーヤトリー・マントラ。
サッチダーナンダ、スヴァーミー(1914〜)
シヴァーナンダの高弟の一人。
もとは家庭を持つエンジニヤだったが、
28歳で精神世界に入る。
スリランカやアメリカに布教に出た後、
アメリカで活躍。
インテグラル・ヨーガ・インスティテュートを設立。 |
《サッチダーナンダ》
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サティヤーナンダ、スヴァーミー(1923〜)
シヴァーナンダの高弟の一人。
ビハール・スクール・オブ・ヨーガの設立者。
若いときから精神世界に入り、グルを求めて
インド中を歩く。
1943年にシヴァーナンダと出会い、弟子になる。
1955年にはアーシュラムを去り、
1963年インターナショナル・ヨーガ・フェローシップ、
1964年にはビハール・スクール・オブ・ヨーガを設立。
1988年、すべてを放棄し、アヴァドゥータに。 |
《サティヤーナンダ》
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サティヤ・サーイーバーバー (1926〜)
インド南部のプッタパルティに生まれる。
本名はサティヤ・ナーラーヤナ。
14歳のときに生死をさまよい、
前世をシルディ・サーイーバーバーであったことを思い出しそれからはサティヤ・サーイーバーバーを名乗る。
聖なる灰(ヴィブーティ)や甘露を何もないところから
取り出すなどでも有名。
また、多くの慈善事業も行なっている。
サラスヴァティー
弁財天。インド神話ではブラフマー神の后。弁舌・技芸・幸運・河川の女神。
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《サティヤ・サーイーバーバー》
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佐保田鶴治 (1899〜1986)
「日本ヨーガ禅道友会」の創始者。
大阪大学名誉教授。
日本の代表的なヨーガ指導者でありインド哲学の権威。
『ヨーガ根本教典』『続・ヨーガ根本教典』
など著書は多数。 |
《佐保田鶴治》
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シヴァ
ヒンドゥー教三大神の一人。
苦行や瞑想の神。 |
《シヴァ》
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シヴァーナンダ、スヴァーミー(1887〜1963)
現代を代表するリシケーシの聖者。
ザ・ディヴァイン・ライフ・ソサエティの創始者。
チダーナンダ、サッチダーナンダ、サティヤーナンダなど、多くの弟子が世界中で活躍している。
医師という職業から精神世界に入った。
愛と奉仕に生きた聖者。
数百冊の著書があるが、邦訳されているものはほとんどない。
ジャイミニ (紀元前200〜100頃)
ミーマーンサー学派の開祖。
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《シヴァーナンダ》
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シャンカラ (700〜750)
ヴェーダーンタ学派の哲学者であり、
インドを代表する哲学者。
不二一元論を説いた。
シャーンディリャ
ウパニシャッドの哲人。
ショーペンハウアー (1788〜1860)
ドイツロマン派の哲学者。ウパニシャッドを賛美した。
シルディ・サーイー・バーバー(1838?〜1918)
マハーラーシュトラ州のシルディという所で宗教活動を始めた。このサーイーバーバーの生まれ変わりといわれているのがサティヤ・サーイーバーバー。
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《シャンカラ》
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スーリヤ
太陽。太陽神。
スヴァートマーラーマ(16世紀頃)
『ハタ・ヨーガ・プディーピカー』の著者。
た行
太陽神
スーリヤ。他に多数有り。太陽の持つさまざまな性質や特質を神格化し、それぞれ異なった名前で呼んだ。スーリヤ、サヴィトリ、ウシャス、アーディティヤなど。
ダヤーナンダ・サラスヴァティー (1824〜1883)
19世紀のインド精神復興時にアーリア・サマージを創り、「ヴェーダに帰れ」をスローガンに活躍した。
《チダーナンダ》
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チダーナンダ、スヴァーミー (1916〜)
シヴァーナンダの高弟の一人。
シヴァーナンダ・アーシュラムの二代目の長。
幼い頃より、精神世界に関心を持っていた。
ハンセン氏病患者への献身的奉仕は有名。
1943年、シヴァーナンダの弟子に。1949年7月、
サッチダーナンダらと共にイニシエーションを受ける。
幾度かの世界ツアーを行なう。
シヴァーナンダの教えを広める。
チャイタニヤ (1485〜1533)
西インドのバクティ実践家。キールタンを始めた人。
デーベーンドラナート・タゴール (1817〜1905)
ブラフマ・サマージの二代目の指導者。ラビンドラナート・タールの父。
ドゥルガー
シヴァの妃。
な行
ナーラーヤナ
ヴィシュヌ神の別名。
中村天風 (1876〜1968)
インドでヨーガを学び、それを直接日本に伝えたおそらく最初の人。「天風会」を設立。多くの著名人が師と仰いでいる。
ニガンタ・ナータプッタ (紀元前444〜372。他説あり)
ジャイナ教の開祖。ジナ、マハーヴィーラとも呼ばれる。
野田雄弘(〜1972)
本名は島村幹一。「日本ヨガ協会」の指導者の一人。著書はないが、「日本ヨガ協会」の機関誌「人間回復」などにその博識を知ることができる。
は行
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バーダラーヤナ (B.C.100〜1)
ヴェーダーンタ学派の開祖といわれる。
パーニニ
古典サンスクリットの文法をまとめた文法家。
パタンジャリ
(1) 紀元前の文法家。 (2) 『ヨーガ・スートラ』の編纂者。
ハヌマット(ハヌマーン)
『ラーマーヤナ』でラーマを助ける猿。父は風の神、母は天女のアンジャニー。
ブラヴァッキー、ヘレナ (1831〜1891)
神智学協会の設立者。
ブラフマー
ヒンドゥー教三大神の一神。
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《ブラフマー》
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《藤田鳳子》
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藤田鳳子(1910〜)
ヨーガ・マイトリーの称号を持つヨーガの指導者。
早くからインドにわたり修行をする。
ヨーゲーシュヴァラーナンダ、チダーナンダ、
サティヤーナンダなど、多くの知人を持つ修行者。
残念ながら、著書はなく、わずかに講演録や
寄稿があるだけである。
《ペア・ウインター》
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ペア・ウインター(プレーム・ヨーギー)
ノルウェー生まれのヨーガの指導者。
長年、インドに滞在し、ヨーガを学ぶ。
その後は日本を中心に世界中でヨーガを指導する。
『ヨーガ教室』(6巻、別冊2巻、小冊子1)は単なるヨーガの技法について書かれているだけではなくヨーガの精神をも学べる名著。
ベザント、アニー (1847〜1933)
神智協会の指導者。
リードビーターらと神智協会を発展させた。
弁財天
サラスヴァティー。弁舌・技芸・河川の女神。
梵天の后。
梵天
ブラフマー。ヒンドゥー教三大神の一つ。
ま行
マックス・ミュラー (1823〜1900)
ドイツからイギリスに帰化した東洋学者。
マッチェーンドラ あるいは、 マツチェーンドラナータ
「魚の王」の意味のナータ派の伝説上の聖者の名前。ゴーラクシャ・ナータの師といわれている。
マハーヴィーラ(B.C.444〜372 他説あり)
ジナ。ニガンタ・ナータプッタ。ジャイナ教の開祖。
《マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー》
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マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー(1911〜)
TM(超越瞑想)の設立者。
大学卒業後、ブラフマーナンダに就きヨーガを学び 後にTM(超越瞑想)を創設。
1959年、アメリカにわたるが、西欧の東洋ブーム と重なり、著名な音楽家や芸術家が信者になった。
アーシュラムはリシケーシにあるが、一般人は入れない。
三浦関造 (1883〜1960)
「竜王会」を設立。
日本の古くからのヨーガ指導者の一人。
や行
ヤージニャヴァルキャ
ウパニシャッドの哲人。ウッダーラカ・アールニの弟子。
ヨーゲーシュヴァラーナンダ、スヴァーミー
(1886?〜1985)
ヨーガ・ニケータンの設立者。
本名はヴィヤス・デーヴ。
14歳の頃に、ラーマーナンダ・ジ・ギリのサット・サンガに出席し影響を受ける。
わずかなお金を持つと家を出て、修行生活に入る。
カシミールでパラマーナンダ・アヴァドゥータにヨーガを学ぶ。
その後、ヒマーラヤで聖者に会い、霊的経験を積む。 |
《ヨーゲーシュヴァラーナンダ》
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ヨーゲーンドラ、シュリー(1897〜?)
ボンベイの大学に通っているときに
パラマハンサ・マーダヴァスに出会い、弟子になる。
一時、アメリカに行きヨーガ・センターを開くが、
インドに戻ると、サンタクルツに「ヨーガ・インスティテュート」 を設立。
ハタ・ヨーガの研究家であり指導者。
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《シュリー・ヨーゲーンドラ》
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ら行 わ行
ラージニーシ、バグワン (1931〜1990)
シュリー・バガヴァーン・ラジニーシ。
プーナに道場を持っていた哲学者。
タントラ・ヨーガの指導者。
伝統にとらわれず、さまざまな方法をヨーガに取り入れ 独自のヨーガを指導した。
晩年は和尚(OSHO)と名乗った。
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《ラージネーシ》
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ヨーガーナンダ、スヴァーミー(1893〜1952)
北インドのゴーラクプールに生まれた。
1920年、アメリカにわたり「自己実現協会」を設立し、
ヨーガの布教に努めた。
1952年、ロスアンゼルスで亡くなったが、その死体は
数週間たっても腐敗しなかったという。
ラーマ
ヴィシュヌ神の七番目の化身。
『ラーマーヤナ』の主人公。
ラーマーナンダ (1400〜1470)
バクティ思想を広めた人。
神の前では平等であると説く彼の弟子の中には
カーストの低い者や女性やイスラーム教徒もいた。
当時、このような人たちが共に学び一緒に食事をとることは画期的なことであった。
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《ヨーガーナンダ》
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ラーマクリシュナ (1834〜1886)
ベンガルの聖者。
はじめはカーリー女神を熱狂的に崇拝したが、
ついに一元論の境地に到達した。
一般的な意味での教養は受けていなかったが、
その影響は多くの人たちに及んだ。
その名前と思想は、愛弟子ヴィヴェーカーナンダによって世界中に知れ渡った。
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《ラーマクリシュナ》
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ラーマナ・マハーリシ (1879〜1950)
南インドの聖者。
高校生のとき突然体験した死の恐怖をきっかけに、
真実の自己とは何か、深く静かに問いつづけた聖者。
終生、南インドの聖なる山アルナーチャラを離れなかったが、インド国内ばかりでなく外国からも多くの人が彼を訪れた。
沈黙の聖者。 |
《ラーマナ・マハーリシ》
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ラーマーヌジャ (1017〜1137)
ヴェーダーンタ派の聖者。
それまでは感傷的なものに終わりがちだったバクティを最初に理論化した。
ラーム・モーハン・ローイ (1772〜1833)
「近代インドの父」といわれ、インドと西洋の接点にいた教養人。ブラフマ・サマージの創設者。
ラクシュミー
富と財物と幸運の女神。インド神話ではヴィシュヌ神の配偶神。吉祥天。